羽後町の国指定重要文化財「鈴木家住宅」の看板が5月末にも完成いたします。 「鈴木家住宅」の題字を「ひぐらしのなく頃に」の原作者である竜騎士07さんが書き、イラストを「びんちょうタン」の江草天仁さんが務めます。スティックポスターのイラストに江草さんがさらに加筆し、魅力が倍増しました。また、竜騎士07さんの手書き文字により、一層の魅力が加わっています。 <ポイント> ◆江草天仁さんのイラストがむすぶ、和歌山県と秋田県の800年の時代を超えたコラボレーション! 「鈴木家住宅」の祖先は和歌山県の海南市の出身で、源義経の家来であった鈴木三郎重家です。奥州藤原氏を頼って岩手まで逃げのび、さらに秋田まで歩いて、家を構えたというわけです。 なお、鈴木家がある「飯沢」の地名はもとは「伊沢」といい、「伊」は「紀伊」の「伊」です。つまり、鈴木さんは遠い和歌山を偲んで、その名をつけたのです。 さて、和歌山といえば「びんちょうタン」の町おこしのみなべ町。海南市はみなべ町のすぐ近くです。「びんちょうタン」の作者である江草天仁さんは「スティックポスターin羽後町」で鈴木家住宅を描いてくださいました。 僕が江草さんに「鈴木家」のイラストを依頼したきっかけは、「びんちょうタンに描かれる美しい風景とキャラクターの愛らしさから、きっと鈴木家のイメージを大切にしたイラストを描いていただける」と思ったためです。 そして、和歌山県と秋田県のつながりをつくることにもなったのです。まさに奇跡のコラボレーションでした。 ◆竜騎士07さんの手書き文字! 手書き文字の魅力に最近はまっています。たとえば、地方に行くと道の駅などで、手書き風の文字を使った看板が見受けられますよね。パソコンの活字全盛の今だからこそ、手書きの味わいが見直されていますし、新鮮に感じるものが多いと思います。 何より、地方の風土には手書き文字が合っているような気がします。 そんなことを思っていたので、「鈴木家住宅」の看板をつくるにあたり、絶対に文字は手書きがいいと思いました。誰に依頼しようか・・・と考えたとき、即座に「竜騎士07さんにお願いしたい!」と思ったのです。竜騎士07さんと茅葺き民家・・・このつながりはあえて説明する必要はないでしょう。何より、地元の中学生も同じ考えを持っていたようで、考えが一致しました(笑) その思いを竜騎士さんに伝えると、戸惑いながらも、引き受けてくださいました。本当に感謝しています。実際にプリントしてみると、これが非常に良い感じになっていて、羽後町の風景とマッチングすると確信できました。 <お礼> この看板作りの提案をしてくれた鈴木家46代目の鈴木杢之助重廣さん。とことん、僕のやりたいようにやらせていただき(笑)、ありがとうございます。 そして、こちらの突然のお願いを快諾してくださった江草天仁さんと竜騎士07さん、本当にありがとうございました。 <僕と茅葺き民家 ~羽後町の茅葺き民家群の保存を構想するまで> 僕(山内)は大学1年の頃に、白川郷を初めて訪れ、大きなショックを受けました。東京や横浜の大都市に憧れていた僕は、茅葺き民家の集落を見て、「どうしてこんなところにわざわざ観光客が来るんだろう?」と驚いたのです。 世界遺産と言うので、姫路城や厳島神社のような荘厳な建築をイメージして訪れたのですが、目の前に広がるのは茅葺き屋根の古民家群。 「うちの地元にも茅葺きなんかいっぱいあるじゃないか・・・」 そのとおりで、羽後町は昭和63年の調査では259棟の茅葺きが現存しており、わずか20年前まで、白川郷を凌ぐ建築群が私の目の前にありました。もし当時のまま現存していれば、秋田県が誇る至宝でした。 秋田県最古の茅葺き民家である「鈴木家住宅」は国指定重要文化財となっていますが、それ以外にも数多くの古民家が現存しており、さながら野外博物館の様相を呈しています。しかし、その魅力は僕を含め、町民が気付かないままでした。 今もそうですが、羽後町や秋田県は地域にある優れた文化財の価値を活かすことがどうも苦手です。たとえば、私がプロデュースしたJAうごの「あきたこまち」もそうです。あれほど美味しいコメを、今までまったく売ることができずにいたのです。 茅葺き民家も同様でした。間違いなく、羽後町にとって通年観光の資源になりえたものでした。ところが、今現在まで注目する人が誰もいなかった。保存しようという機運がまったくおこりませんでした。僕は子供のころ、大人の人たちに「こんな古い家が残っているのは地域が発展していない証拠だ」とたびたび言われたことを記憶しています。 「埋もれている資源を発掘すること」の重要性を、僕は白川郷で強く感じました。それ以後、建築めぐりを続け、重要文化財の茅葺き民家は200棟以上見ていますし、それ以外の古民家も見学しています。 日本中を巡り歩いていると、どの土地にも、地域の人が気づかずにいて、活かせていない「埋もれている資源」がありまくることに気付きました。そして、地方の潜在的な可能性に気付いたのです。要は、地方が衰退しているのは、地方の人が地方の魅力に気付いていないだけなんじゃないか、それに気付いた地域が発展しているのだ、ということです。 インフラ整備や公共事業よりも優先されることがたくさんあるのではないか、と思います。 羽後町にしても、「西馬音内盆踊り」がいつも観光の目玉として取り上げられるけれど、三輪神社や鈴木家住宅などの文化財が豊富にあります。盆踊りは3日間しかないので「通年観光の資源がない」と誰もが口にしています。本当なのでしょうか。 僕はそんなことはないと思いました。そして、想いをぶつけたのが「スティックポスターin羽後町」で、これまで町も注目しなかった資源をポスターの題材にすることができました。そして、それらをめぐる人が結構いるのです。 その間、茅葺き民家は急激に数を減らしてしまい、ついに今年2月には87棟になってしまいました。しかしそれでも数は多い方に変わりなく、今からでも保存したい、未来に残していきたいという思いが強くなってきました。その思いを、書店ミケーネ店長で町議会議員である阿部久夫さんに伝えたところ、議会で一般質問を行ってくれて、羽後町の茅葺きが次第に注目されるようになりました。 5月中にも、阿部さんが中心となって茅葺き民家の保存会が立ち上がる予定です。ちなみに、阿部さんも築150年の茅葺き民家に住んでいます。 今年の「かがり美少女イラストコンテスト」も、「茅葺き民家」をテーマとしました。羽後町の茅葺き民家群を後世に伝えるには、この1、2年がラストチャンスです。 私は「埋もれている資源の発掘」というテーマを重視し、イラストのみならず、さまざまな分野の企画を総動員して、茅葺き民家の魅力を伝えていきたいと思います。 羽後町の茅葺き民家を見て、町内外の若者が創作活動のヒントにしてくれたりするとうれしいですね。文化財を守るのは、単にノスタルジックな気分に浸るだけではなく、文化財をもとに新しい文化を生み出すためのヒントにしてもらうために残すのだと思います。古いものから新しいものを生むのです。 僕は美少女イラストが大好きなので、それを使った企画を続けますし、一方で、それ以外の企画も考えています。 ジャンルは違えど、共通するのは、「埋もれている資源を発掘する」ということです。あと、「好きなことや興味のあることをやる」ということです。その初心を大切にした企画を今後も続けていきたいと思っています。
投稿日時: 2009-05-16 19:48:58 【ブログへ行く】